書道のくすのき 素の日記

川西市で書道教室やっています(お待ちしています)

書道によって育まれるものはなんだろう

また家で不機嫌になってしまいました。あーあ。息子の素振りを見ているときに、見本を見せようと私が振ったら、娘が「なんかお父さんの変、腰が回ってないし」って言うもんで、カチンときてしまいました。あー、なんで受け流せなかったんだろう。娘も息子にあーだこーだアドバイスするし、私も言うもんだから息子も不機嫌になるし、いいことなし。他人にだったら不機嫌見せたりしないのに、自分の子供にだったら、反射的に感情を出してしまうんです。なぜ大事な人なのに、簡単に怒りの感情が沸いて出してしまうんでしょうね…。昨日ブログで、愛がどうたらこうたら語った矢先にこれかいって情けなくなりますね。

 

自分の書の稽古をするとき、いつも30分くらいたっぷりと墨を磨って、それから1時間くらい書いています。しかし早く寝たいので時間がなかった昨日は、数分磨って、3枚だけ書いて、終わりました。よくいろんな本にも書いてありますが、少しでも継続するって大事。プチ達成感で自己満足。書道って道具の用意、片付け(硯や筆を洗ったり)があり、その時間は一定だから、どうしても少ししか書かないでやめるというのは、もったいない気がしていたのです。でも、時間や枚数ではなく、心を整えて没頭して書く一枚も大事だなと、改めて思い直しました。ちなみに、墨をする時間を短縮するために墨汁を使うことはしません!(きっぱり)そんなは書道じゃないので。

 

道教室をやる身として、書道を習いに来てもらうってなんだろう、と、よく考えることがあります。特にお子さんのことについてですが、根本としてあるのは、情緒を育むことにあるのではないかと思うのです。自然や美しい言葉を、自分の心に思い浮かべながら、心の底で筆を動かす。それによって、さらに心の中の美しい部分が共鳴する、そういう意識を持っています。本当は、森や林に行ってそこで書道具を開いて、「さあ、ここに見えたり、感じた言葉を書こうか!」って、いう野外授業もいいと思うのです(やったことはありません)。そこまではやれなくても、教室の中で、一人一人の段階に合わせて、季節にあった言葉を練習してもらうのは、このような理由からです。情緒を育むには、やはり環境が大事で、だから、公民館ではなく、木の家を選んで、自然のモノに囲まれた空間で教室をやっているのです。字が上手になるという効果も書道にはあるのですが、それはあくまでも結果で、なぜ書道を私が伝えていこうとしているのか、それは美しい心を輝かせる情緒を育んでほしいからというのも、ひとつの理由です。