書道のくすのき 素の日記

川西市で書道教室やっています(お待ちしています)

よい字を書くには

古本屋で、欲しかった本に出会うと、テンション上がりますよね。

 

先週BOOKOFFで、それに遭遇しました。「魯山人書論」。北大路魯山人の書に関する講話などをまとめた本です。美食や陶芸が有名な魯山人ですが、もともと書から芸術家人生をスタートしたのは、あまり知られていないかもしれません。

 

私はこの魯山人に、書道に対する考え方は、大きな影響を受けています。あ、もちろん会ったことはないですよ笑 あくまで、本や作品を見ての、話です。

 

では、魯山人が語る書、とは何か。それは大変シンプルなんですよね。

 

書は人間であること、です。

 

よい字というのは、技術的にうまい字ではなく、その人間を高めた人が書いてこそ、よい字になるということです。書をすることで人間が磨かれ、その磨かれた人間によって、よい書が出来るということです。やどかりの貝を見て、やれこれは美しい、きれいだ、ではなく、やどかりの中身の貝が大事なんだよ、っていうこと。

 

人間を高める、そのために書をする、そしてよい書をかく。日々自分を鍛錬して、人間として高めていくことが大切。ここの筆遣いがどう、入り方がどう、余白がどう、それらは技術のこと。それだけでは、ダメなんだよっていうわけです。なるほど。

 

ではよい人間というのは何か。ここからは私の想像です。「あの人はいい人よね」などということがありますが、少しこれとは違う気がするのです。他者と円滑にコミュニケーションが取れて、やさしさや思いやりが出せる人、というのが、一般的にいい人と言われるでしょう。

 

そうではなく、自分の感情に素直であり、いつも自分自身の心に誇りをもち(才能、地位、オカネではなく)、高らかに歩んでいる人、これがよい人間なのではないかと思うのです。自分の心を常に磨いて、自分自身の天分を生き切る人間。自然な人間。自分にうそいつわりのなく、自分自身の心に正直でいる人間。よい書をかくことができるのは、そのような人間なんだと思います。決して、お行儀のよいいい子ちゃんは、よい人間とは言わないんだなー、きっと。ま、漠然としていますが。

 

子どもたちに書道を教えるのに、私はあまり細かいことを言いません。私は書道を芸術だととらえています。その子がもつ感情、素質、天分を、伸ばすことこそが、芸術の役目です。その子にしか、その人にしか書けない、感情に満ちていて生命力が感じられる書を、かいてほしいと思います。

 

そして、なかなか伝える機会はまだありませんが、心を磨いて、立派な人間になること、そうすればよい字が書けるよ、と伝えていきたいと思っているのです。

 

え、お前はどうなん?って、聞かれたら・・・。はい、すみません、日々心を磨いて、人間を高めながら、書の稽古もがんばります笑

 

道は遠ければ遠いほど、おもしろい!!進むしかない!