くすのき書道教室ー兵庫県川西市ー

墨の香りx木の香り/ひとりひとりを丁寧に、少人数の書道教室

朱墨と文人へのあこがれ

先日教室でこのような質問を受けました。

 

「墨って黒以外にも色ってあるんですか?」

 

そうですね、確かに墨=黒のイメージがあるかもしれませんが、黒以外にもあるんですよね~。今日はそんなお話を。


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なんだこの棒は?と思われたかもしれません。これも墨です。一見触ったらぐにゃっとなりそうな感じがしますが、ちゃんとカッチカチに固まっています。

 

これは鈴鹿の「弁柄墨」という墨で、陶器、漆器、建築などに使われる赤(ベンガラ)をイメージしたものだと思います。磨ると鮮やかな赤ではなく、やや黒っぽい赤色の墨液が出来上がります。

 

そういえば血をなめたら鉄っぽい味しませんか?この朱墨の天然原料もおそらく鉄系(酸化鉄)。朱墨は血の色なんです。なんていま思いつきました。

 

さてその朱というか、赤について。

 

司馬遼太郎の「風塵抄」は「都市景観の中の赤」というエッセイから始まります。そこには富岡鉄斎が描く赤色についても語られています。

 
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偶然にもこの本の表紙の色も赤ですね。司馬遼太郎はこのように書いています。

 

 

最晩年の鉄斎は、胸中の理想世界(仙境)を多く描いた。右の展覧会で、最初は失望し、 次第に心が高まったかのようであり、やがて、眼に痛いほどの赤を感じさせる作品にゆきつく。
水墨で表された夕暮れの山中に、豆粒ほどの人物が、赤い衣を着て、草むした土橋をわたっている。
赤といっても、水墨に朱を点じた程度の淡さである。
であるのに、その小さな赤は、小指でピンを突いたように全体に痛みを広げるほどに衝撃的だった。
私はこの一作のために鉄斎が大好きになった。

 

 

残念ながらこの清荒神コレクションには司馬遼太郎の言う赤の作品は見当たらなかったのですが、確かに随所に目をひく赤がありました。

 


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例えばこういうさりげない赤を見せている作品もあります。でもわずかな点ですが、絵が引き締まっているように見えますね。

 

鉄斎はそもそもカテゴライズするならば画家ではなく、文人というジャンルに入ります。漢学を治めた読書人であり知識人で、鉄斎自身も絵の横や上に書いてある漢文の故事(※讃といいます)を読んでほしいといっていたようですから、自分は文人という意識であったのだと思われます。

 

文人は隠者の風をかもしだします。私はこの文人の雰囲気が大変憧れでありまして、学はなくても精神は文人に近づきたいと願っております。あらゆる欲望から自由になって心の中で遊ぶ生活・・・。方丈記に出てくるような小さい家で、硯と少しの墨や紙、1本の筆を持って書をかいて過ごす生活を想像すると

 

ああ悶えそう!

 

ダイエットでも「こうなりたいと思う人の写真を貼って常に見るといい」なんて聞いたことがあります。私も「こんな文人になりたい!」という理想をかなえるために、鉄斎の写真でも貼っておこうかと思います。

 

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かっこいい!

でもひげがこんなに伸びるようになるのかが問題です。

文人への道のりはまだまだ遠いようであります・・・。

 

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朱も土から生まれます

 

※次回の教室は9月2日土曜日です。

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