くすのき書道教室ー兵庫県川西市ー

墨の香りx木の香り/ひとりひとりを丁寧に、少人数の書道教室

書は一本の線から始まる

博士の愛した数式」を読んでいると、数字や数学というものが、とても美しく心のあるものに見えてくるんです。

 

 

古代人がひいた一本の線が書へとつながった

殷の時代の甲骨文字が漢字の発祥とされています。紀元前13世紀半ばから紀元前11世紀半ば、とてつもない昔のことです。うらないの記録として文字が使われ、亀甲や牛の肩甲骨に彫られていました。

 

漢字の発明は人類にとって衝撃的だったのではないかと思います。現代人のスマホの発明と流行がかすむくらいなのではないかと。その記号を共通認識することであらゆることを伝えることが出来る。これ以上の発明ってあるのでしょうか!?

 

漢字は絵を単純にして出来たものです。その漢字は一本一本の線で出来ています。

 

自然を写しだそう、あるいは、人に何かを伝えようとしたときに、落ちていた木の枝を取って地面に線を引いたのが、ヒトが線を引いた最初だったのでしょうか?その最初の一歩、最初の一つの線がのちの漢字、そして現代の書へつながってくると思うと、人間の歴史の重みにため息がでそうになります。

 

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たかが線、されど線

 「点も一つの線だから大事にひかないと」

 

点をおざなりに打って書いたのを指導されたことがあります。全ての漢字は点や線で出来ているのではない。漢字は一本の線から出来ているとその時改めて知ることが出来ました。

 

点も線も必ずはじまりがあって終わりがあります。永遠に線がつながる文字はありません。どこかで必ず途切れます。

 

その有限の線が集まって漢字という符号となります。永遠に伸びない線。それが集合することによって意味をなすわけで、その線の組み合わせがおかしくなると意味が伝わらなくなってしまうのです。そう思うとたかが線、されど線。一本一本の線を大切に書いてこそ価値があると思うのです。有限の線だからこそいとおしく書かないと。

 

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線の真実は目には見えないから美しい

漢字がもつ意味とその漢字を構成する一本一本の有限の線の表情によって書は成り立ちます。

 

線の表情は心の動きでもあります。人の感情が一本の線に込められています。漢字が持つ意味、そして一本の線に秘められた心の動き。それらがまじりあって書というものが生まれるのです。そのいずれかでも欠けてしまうと書として成立しないのではないかと思います。人工知能が王義之の名作を真似てそっくりに書いたとしても、書になるのでしょうか・・・?私は書とは言えないと思うのです。

 

書における線は目に見えているようで、その真実は目に見えない。書の世界は書き手の心のなかにあるからです。自然は美しい。そして人の心は自然と同じく美しい。花の茎、木の枝、流れる一筋の雲。それら自然が見せる線のごとく線をひいて、自分の心をありのままに自然に写し出そうとしても目に真実は見えにくい、だからこそ書は美しいのです。

 

書をみてもよくわからないとよく聞きます。よくわからないからこそ美しいのかもしれません。そして書人は自分なりの真実の線を書けるように日々稽古をしていくのです。

 

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 野球の夏がやってきた!